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東京地方裁判所 平成11年(ワ)827号 判決

原告

株式会社パイロット

右代表者代表取締役

【A】

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

橋口尚幸

被告

株式会社日本カプセルプロダクツ

右代表者代表取締役

【B】

被告

株式会社トミー

右代表者代表取締役

【C】

被告ら訴訟代理人弁護士

大場正成

尾崎英男

嶋末和秀

桝田淳二

藤本欣伸

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告株式会社日本カプセルプロダクツは、別紙目録(一)(原告主張)記載の磁気泳動表示パネルを製造し、販売してはならない。

二  被告株式会社トミーは、別紙目録(二)ないし(四)記載の各磁気泳動表示装置を製造し、販売してはならない。

第二事案の概要

原告は、被告らによる磁気泳動表示パネル等の製造、販売行為が原告の有する特許権を侵害すると主張して、その差止めを求めた。

一  前提となる事実(特に断らない限り、争いがない。)

1  原告の特許権

原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

(一) 登録番号    第二一〇五六七八号

(二) 発明の名称  磁気泳動表示パネル

(三) 出願日     平成元年一月二三日

(四) 出願公告日  平成八年一月二九日

(五) 登録日     平成八年一一月六日

(六) 特許請求の範囲 別紙特許出願公告公報写しの該当欄記載のとおり

(以下、右出願公告公報掲載の明細書を「本件明細書」という。)

2  本件発明の構成

[基本的構成]

① 二枚の基板間を多セル構造となし、

② このセル内に磁性粒子と、分散媒と、着色剤と、所望により増稠剤とから成る分散液体を封入した

③ 磁気泳動表示パネルにおいて、

[特徴的構成]

A 粒子径として一〇~一五〇μmのものが九〇重量%以上であり、

B 見掛密度が〇・五~一・六g/cm3であり、

C 飽和磁化が四〇~一五〇emu/gである

磁性粒子を用いることを特徴とする(磁気泳動表示パネル)。

3  被告らの行為

(一) 被告株式会社日本カプセルプロダクツ(以下「被告カプセルプロダクツ」という。)は、業として、磁気表示シート(以下「被告製品」という。)を製造し、被告株式会社トミー(以下「被告トミー」という。)に対し販売している。

被告製品の特定については争いがあり、原告は別紙目録(一)(原告主張)のとおりに、被告らは別紙目録(一)(被告主張)のとおりに、それぞれ特定すべきであると主張する。

(二) 被告トミーは、業として、被告製品を組み込んだ別紙目録(二)ないし(四)のとおりの各磁気泳動表示装置(商品名「ミッキーマウスわくわくおえかき」、「JOUJOUミニもじもじボード」、「くまのプーさんDXわくわくおえかき」、「ポケットモンスターおえかきピカチュー」、「ミッキー&ミニーわくわくおえかき」、「JOUJOUミニわくわくおえかき」、「くまのプーさんミニわくわくおえかき」及び「ディズニーベビーおえかきできた」)を製造し、販売している(ただし、右各目録中の被告製品の特定については、前記のとおり争いがある。)。

二  争点

1  被告製品は本件発明の構成要件①を充足するか。

(原告の主張)

被告製品は本件発明の構成要件①を充足する。

本件構成要件①の「多セル構造」は、以下のとおりの理由から、マイクロカプセルの集合体を包含すると解すべきである。すなわち、本件発明が多セル構造を要件としているのは、磁気泳動パネル中で磁性粒子が偏ることのないようにするためである。ハニカム構造でもマイクロカプセルでも、この点の作用効果に差異はない。本件発明及び原告の関連特許はハニカム状の多セル構造を例示しているが、これは好ましい実施例を示したにほかならず、本件発明の技術的範囲が、実施例に制限されるものでないことはいうまでもない。

ちなみに、公知文献(甲一九)では、磁性粒子を「小室」(セルと同義)に封入し、磁気によって磁性粒子を泳動させて表示を形成させる磁気シートに関し、小室の構造としてマイクロカプセルとハニカム状に仕切ったシートを並列的に開示している。

(被告らの反論)

被告製品の「表示シート」は、本件発明の構成要件①における「多セル構造」に該当しない。

「セル」とは細胞、小屋、個室、小室などを意味するほか、蜂の巣の穴を意味するとされているから、「多セル構造」とは、一体的なものがいくつかの小室に区切られ、かつ、蜂の巣のように一つの小室のしきりが他の小室のしきりと共通するような構造を指すと解すべきである。

被告製品においては、「マイクロカプセル」、つまり、「微細なカプセル」によって複数の隔絶された空間が形成されている。「カプセル」は内部空間を密封する独自の包皮膜又は外殻を有し、その外殻や皮膜は複数のカプセルにおいて共通であるということはあり得ない。したがって、被告製品における「マイクロカプセル」は、一つの小室のしきりが他の小室のしきりと共通であるという「多セル構造」の特徴を具備しない。なお、このような構造の特徴の相違から、①分散液の漏れる可能性、②表示シートのサイズの選択の自由度、③表示シートの厚さの相違、④画像線の欠陥の有無等の作用効果上の差違が生じる。

また、構成要件①における「二枚の基板間を多セル構造となし」とは、本件発明と同目的、同構成の公知の技術のみを指し、出願当時非公知のものを含まないと解すべきである。すなわち、本件発明における実施例及び原告の市販品は、いずれも二枚の基板間を上面から見てハニカム状の多数の小室に区切って一体化した構造を有しているので、マイクロカプセルを含まないと解すべきである。

被告カプセルプロダクツは、被告製品に関して特許を得ているが、右は原告の本件特許権より先願である。この点からも被告製品は、本件発明の構成要件①を充足しない。

2  被告製品は本件発明の構成要件Aを充足するか。

(原告の主張)

被告製品から分離された粒子の粒子径は、すべてが一〇~一五〇μmの範囲内に含まれているので、被告製品は本件発明の構成要件Aを充足する。

(一) 構成要件Aにおける「粒子径」とは、以下のとおり、一次粒子の径ではなく、実際の製品中の状態を忠実に反映させた二次粒子の径を指すものと解すべきである。

すなわち、本件特許の基本特許に係る特許公報(甲三)四欄四二行以下に「なお、磁性粒子の直径が一〇μmより小さくても分散液体中で磁性粒子同志が凝集して見かけ上一〇μm以上となっても好適な結果を与えるようになる。」と明記されているところより明らかである。

また、当業者である被告においても、磁性粒子の中に永久磁石になる磁性粒子を混合し、積極的に凝集粒子を形成させていること、被告の米国特許(甲一三)には、磁性粒子が小さいと「明暗コントラスト」や「書き込み消去の即時性」という磁気泳動表示パネルとして最も重要な特性が低下することが明記されていること、同特許では磁性粒子の分散液体中での粒子径を増大させるために、磁性粒子の中に永久磁石になる磁性粒子を混合し、積極的に凝集粒子を形成させることが開示されていること等の事実に照らすならば、本件発明の構成要件Aの「粒子径」とは、一次粒子の径ではなく、凝集粒子の径を指すものと解すべきことは明らかである。

(二) そこで、被告製品の二次粒子の粒子径を測定すると、すべてが一〇~一五〇μmの範囲内に含まれていることが明らかである。

すなわち、被告製品から磁性粒子を回収し、篩にかけると、一〇μmより小さな篩の目を全く通らず、一五〇μmの篩の目は全部が通過した(甲九)。この点から一〇~一五〇μmの範囲の二次粒子が形成されたことが示される。

また、被告製品の分散液の粘度、磁性粒子の密度、磁化等の数値を基礎として、被告製品の磁性粒子の移動時間を算出すると、以下の結果が得られた。すなわち、①一μmの粒子として挙動しているとした場合、カプセル(平均直径三〇〇μm)の底から上面までの移動時間は、約六秒であった(甲一六)。②磁性粒子が直径一〇μmの二次粒子に凝集して挙動しているとした場合、右の移動時間は約〇・〇六秒であった(甲一六)。③磁気ペンによる走査実験では、最小平均粒子径が四八μm、最大平均粒子径が一三〇μmと測定された(甲一七)。この点からも、被告製品の磁性粒子は、一〇~一五〇μmの範囲に含まれることが明らかである。

さらに、被告製品中の磁性粒子の写真(甲二二)によれば、凝集粒子の存在が認められ、一〇~一五〇μmに九〇%以上という要件も充足している。撮影時に磁気は作用していないが、凝集粒子が認められることは明白である。分散媒中の磁性粒子の写真(甲二三)によれば、被告製品における磁性粉は、実際にフェライト粒子を核として凝集している。

(被告らの反論)

以下のとおり、被告製品は本件発明の構成要件Aを充足しない。

(一) 構成要件Aにおける「粒子径」とは、以下のとおり、単一粒子の径を指すものと解すべきである。

すなわち、「粒子径」という用語は、単一粒子の径(寸法)を示すというのが、当業者の通常の観念である(乙一五~一七)。

本件明細書の「発明の詳細な説明」欄において、磁性粒子の大きさを篩分けで区分しているが(本件明細書六欄二、三行目)、篩で粒子の大きさを分別するためには、単一粒子が篩の目開きを通過するというのが前提となる。本件発明及び原告の先行特許で示される磁性粒子の粒子径による選別区分は、すべて篩分け、特に乾式篩によっている。分散液中で粒子径を測定した記載は皆無である。

粉体の物性を粒子径で特定する場合、単一粒子は固有の大きさがあり、かつ、その大きさは変わらない。他方、同じ粉体でも、その中で生起する凝集状態は常に変化し不定であるから、固有の大きさを論じることはできない。

特許請求の範囲における「~を用いる」という表現は、素材を意味していると考えるのが、特許請求の範囲の解釈として自然である。

本件発明の実施例においても、素材としての磁性粒子の粒子径を特定した後に、これを分散液に分散したことを説明しているのであって、右説明からも、粒子径は、一次粒子の径を指すことは明らかである。

(二) 被告製品の磁性体は、粒子径の異なる三種の磁性粉末が、別紙目録(一)(被告主張)記載のとおりの混合比で配合されている混合物である。したがって、被告製品が本件発明の構成要件Aを充足しないことは明らかである。

この点、原告は、被告製品中の実際の二次粒子の粒子径を測定した旨主張するが、かかる主張は以下のとおり採用できない。

①粉体は、通常単一粒子が密集したものである。凝集状態は分解可能で容易に変化し、分離、再凝集をくり返すので、その大きさなどということは考えられない。②被告製品の磁性粒子は、磁気ペンで透明基板側の表面に吸引された場合も、消去して反対側に吸引された場合も大集団を形成している。磁気泳動による画像形成を目的とする以上、磁性粒子が随時凝集することは当然のことである。磁気による磁性粒子の凝集は画像形成に必要なもので、本件発明の構成にいう粒子径とは無関係である。この凝集形状は固定的なものではなく、凝集・分散をくり返すことができて初めて画像の形成・消去が可能になるものである。③被告製品では、分散剤(界面活性剤)を用いて磁性粒子を分散させるため、ほとんど単一粒子までかなり細かく分散し、磁界を与えるなどしない限りその分散状態を維持する。

原告が実施した「篩を使用する粒子径の測定法」は不適切である。被告製品の磁性粉のようなサブミクロンサイズの粉体を篩分け法によって測定することは適用できない。サブミクロンサイズのものは電子顕微鏡の領域である。超微粒子の粉体が篩の小さな目を通過しないのは、粉体を構成する単一粒子の径が篩の目より大きいことを意味しない。微粒子は、サイズが小さくなると、相対的に付着力や凝集力が重力より大きくなり、振動しても重力により落下することなく、穴に付着し、穴が詰まるように作用する。しかも、この凝集による穴づまりの傾向は、予め磁気により凝集させた状態を保つことにより増大するからである。

3  被告製品は本件発明の構成要件Bを充足するか。

被告製品は、以下のとおり、本件発明の構成要件Bを充足する。

(原告の主張)

実験(甲七)により調製した磁性粒子試料の見掛密度を、JIS-Z2504に準じて粉末見掛密度計により測定した(甲一〇)ところ、得られた値は〇・七〇六g/cm3であって、本件発明の範囲である「〇・五~一・六g/cm3」に含まれる。

被告の測定(乙四)は測定方法として JIS-K-5101 を適用している。これは、本件明細書に記載された方法と異なる方法であるから、意味がない。原告の測定(甲一〇)は、本件明細書(六欄二~三行)に従い、JIS-Z2504によって測定している。

(被告らの反論)

被告製品は、以下のとおり、本件発明の構成要件Bを充足しない。

見掛密度は、財団法人日本塗料検査協会の試験報告書(乙四)に示すとおり、〇・四五g/cm3である。

原告の実験(甲七)に示された抽出法は、カプセル内の磁性体をそのまま回収する方法ではなく、正確に磁性粉の混合比を反映せず、見掛密度の大きいフェライトを多量含んでいるものである。その結果、実際の混合物の見掛密度よりもかなり高い数値が測定されている。

原告が実験に使用したJIS-Z-2504の測定法は、被告らが使用している微細粒子の粉末には適用できない。このことは、JIS-Z2504の解説(乙四)からも明らかである。被告製品の磁性粉は、顔料例えば酸化チタンなどと同じ微細粒子であるため、当業者間ではJIS-K-5101が使われる。

第三争点に対する判断

一  争点2(被告製品は本件発明の構成要件Aを充足するか)について判断する。

1  本件発明の構成要件Aにおける「粒子径」とは、以下の理由から、単一粒子の粒子径を意味すると解するのが相当である。

すなわち、「粒子径」という用語は、文字どおり「粒子」の「径」を意味するのであり、粒子が凝集したものの径を意味するものではない。本件明細書中にも、粒子が凝集したものの径という意味で「粒子径」なる語を用いることを示す記載は一切ない。本件明細書の実施例においても、素材としての磁性粒子の粒子径を特定した後、これを分散液に分散したと記載されている。

また、社団法人日本粉体工業技術協会編「不思議な粉の世界」(日刊工業新聞社、平成八年一〇月一五日初版発行、乙一五)、粉体工学の基礎編集委員会編「粉体工学の基礎」(日刊工業新聞社、平成四年一二月二五日初版発行、乙一六)、粉体工学会編「粒子径計測技術」(日刊工業新聞社平成六年一一月三〇日初版発行、乙一七)によると、「粒子径」という語が、単一粒子の径を意味するものとして用いられていることが認められるから、「粒子径」という語をかかる意味で理解するのが、当業者の通常の認識であると推認される。

他方、粉体中で生起する凝集状態は変化し不定のものであるから、固有の「粒子径」を観念しにくいといえる。

以上を総合すれば、構成要件Aにおける「粒子径」は、単一粒子の粒子径を意味すると解される。

2  証拠(乙一、二、六)によれば、被告製品の磁性体は、三種の磁性粉末が、別紙目録(一)(被告主張)記載のとおりの混合比で配合されている混合物であることが認められる。

したがって、単一粒子の粒子径はいずれも「一〇~一五〇μm」の範囲に入らないから、被告製品は本件発明の構成要件Aを充足しない。なお、被告製品が本件発明の均等物であると解することもできない。

二  したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 沖中康人 裁判官 石村智)

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